国道140号 雁坂峠(1)
ホーム登山道国道踏破記
◆概要
雁坂峠から山梨県側を望む
  

 
国道140号は埼玉県熊谷市と山梨県富士川町を結ぶ国道であるが、埼玉・山梨県境の難所雁坂峠は、1998年4月に延長6625mの雁坂トンネルが開通するまでは車両通行が不能で、長い間「開かずの国道」と呼ばれてきた。しかし、車両通行は不能であっても、国道としては1本の道でつながっていた。標高2082mの雁坂峠を越える登山道が国道として指定されていたのである。

ここで紹介するのは、雁坂トンネル開通の前年(1997年)に山梨県側から140号登山道をたどって雁坂峠を目指したときの踏破記である。当時の登山ガイドブックには、埼玉県側の川又(登山口)〜雁坂小屋(雁坂峠の少し埼玉県側にある小屋)間の140号登山道「黒岩ルート」は廃道との記述があり、踏破可能な山梨県側を中心に歩くことを計画したのである。登山自体は体力的につらい面もあったが、その甲斐あって前代未聞の驚くべき××国道に出会うこととなった。
 

◆踏破記

難所、雁坂峠へ

 
1 建設中の雁坂トンネル料金所  
2 登山道入口に続くダートの車道
  れっきとしたダート国道である
3 「はしご国道」
4 国道140号 雁坂峠頂上
 

1997年9月28日 5:50、甲府市内のホテルで目覚めた。夜中に2回も暴走族に起こされたせいもあり、まだ眠い。が、今日は国道140号「雁坂峠」に挑む日である。

6:15、車でホテルを出発して国道20号を東進し、向町交差点より国道140号に入る。国道沿いにヤマザキデイリーストアーを見つけ、登山のための買出しタイム。朝食用にハンバーガーとホットコーヒー、昼食用におにぎり3つと紅茶のペットボトル、非常食用にベビースターラーメンを購入した。

登山準備が整ったところで、まだ交通量が少ない国道を一路雁坂峠方面に向かって走る。上空には青空が広がっており絶好の登山日和となりそう。

広瀬ダムのダム湖畔で腹ごしらえをした後、雁坂峠の登山道に通じる1.5車線の車道を登 っていく。実は登山道の入口までは昨年11月に下見に来ており、だいたいの状況は把握していた。途中、雁坂トンネルの入口を見下ろす箇所があったが、現在料金所の建設が進んでおり、既に「雁坂トンネル有料道路」の看板も設置済みだった(写真1)。

一部ダートの車道を進み(写真2)、7:45、登山道入口に到着。トレーナーの上にジャケットを着込み、いよいよ雁坂峠に向けて登山開始である。

登山道となった国道140号は、最初に少し急勾配があったものの以後は久渡沢沿いの比較的平坦な道が続き、さほど疲れない。ただ、途中小さな沢にかかる朽ち果てそうな木橋があり、危険と判断して一旦沢に下りてやり過ごす場面があった。

登り始めてから1時間余りで、登山ガイドブックに載っている「久渡沢渡渉点」へ。沢 を渡るときに見事に足を踏みはずし、片足を濡らしてしまった。久渡沢渡渉点からさらに少し進んだところで、今度は登山道上に「はしご」が出現。2〜 3mの崖を登る箇所に工事用のアルミ製はしごが立てかけてあるのである(写真3)。国道339号の「階段国道」に対抗して「はしご国道」といったところか。

「はしご」の後、140号登山道はいよいよ峠に向けた九十九折の急坂区間に入っていく。立ち止まる回数が次第に多くなったが、同時に木々がとぎれ素晴らしい展望が開けるようになった。遠くには富士山が見え、足元に目を移せば高山植物の花々が咲いており、登山の疲れが癒される思いである。

そして10:33、登山開始から約2時間50分で遂に標高2082mの雁坂峠に到着。特に山梨県側の展望が素晴らしく、また峠周辺は笹原が広がっていて明るい雰囲気である(写真4)。ちょうど5〜6人の登山者が食事中だったので、「日本三大峠 雁坂峠」の看板の前で写真を撮ってもらった。ちなみに、日本三大峠の残り2つは、北アルプスの鉢の木峠と南アルプスの三伏峠である。

峠には「秩父往還の歴史」と題された環境庁・埼玉県設置の案内板があり、雁坂峠越えの登山道について、「一般国道一四〇号となった現在は、奥秩父をめざす山道として、・・・ (中略)・・・登山者に愛されています。」という記述も見られ、雁坂峠越えが国道として正式に認識されていることが伺える。
 



雁坂小屋・・・そして前代未聞の××国道発見!

 
5 雁坂小屋全景
  

10分間ほど休憩した後、峠から少し埼玉県側に下ったところにある「雁坂小屋」へ向けて出発。少し色付き始めた林の中を下っていくと雁坂小屋はすぐで、10:52に到着。ここが今日の最終目的地である。雁坂小屋は木造平屋建てで、板張りの外壁にトタン屋根と昔ながらの山小屋のたたずまい(写真5)。「ビール600円、ジュース400円」などと書かれた看板も見える。

小屋の中の様子を伺っていたところ、裏手から小屋を管理しているおっちゃんが現れ、「まあ休んでいきなさい」と小屋の中からベンチを出してくれた。おっちゃんは現在、小屋の管理を1人でやっているらしい。「泊まり客は?」と尋ねると、「夏休み中はいくらかいたが、現在はほとんどいない」とのこと。設備が整っていない雁坂小屋に泊まる人はあまりいないのだろう。

おっちゃんは環境問題に強い関心を寄せており、雁坂トンネルの建設が始まってから沢の水が減少し、植生にも影響が出ていることや、登山道整備の際、管理者が除草剤を使用したため、貴重な高山植物が被害を受けたことなどを話してくれた。下界から遠く離れたこんな山の上でも環境破壊が問題となっているのである。

さて、おっちゃんに是非聞かなければならないことがある。登山ガイドブックで廃道扱いになっている川又〜黒岩〜雁坂小屋間の140号登山道「黒岩ルート」についてである。おっちゃんに「ところで、黒岩経由で川又に下りる登山道はやっぱり通れないんですか?」と話を向けてみたところ、何と!「その道なら去年整備が終わって通れるようになったよ」とのお言葉!!。おっちゃんによると、現在建設中の雁坂トンネルにつながる新道区間から林道が分岐しており、黒岩経由の140号登山道はその林道に通じているらしい。ということは、厳密には地形図上における雁坂小屋〜川又間の140号登山道正規ルートをすべて歩けるわけではない。しかし、つい最近まで踏破不能だった区間が復活した上に、140号登山道正規ルートの大部分を踏破しての雁坂峠越えが可能になったのである。しかも来年(1998年)春には雁坂トンネルが開通するため、140号登山道の余命はわずか半年かもしれない。そうなれば、冬期は雪に閉ざされるため、140号登山道による雁坂峠越えができるのは事実上、今年の秋一杯ということになる。このような状況を前にしながら、復活した区間をみすみすほおっておくことができるだろうか。今日のところは泣く泣く山梨側へ戻るしかないが、今年の登山が可能な間に再訪し、140号登山道の歩けるところはすべて歩こうと決意したのだった。

おっちゃんと話し込んでいる間に小屋に着いてから既に30分が経過しており、おっちゃんの仕事の邪魔になってもいけないので、川又へ下る140号登山道を少しのぞいてみることにした。

川又へ下る従来からの登山道である「突出峠ルート」と140号登山道の「黒岩ルート」は、ちょうど雁坂小屋の前で分かれているのだが、「黒岩ルート」の入口には「黒岩コース、林道マデ3 .30H」と手書きされた道標がちゃんと立っていた。ただ、あくまで主役は「テント場」等を示す道標で、「黒岩コース」の道標はわざと目に付かないようにしてあると思えるほど小さい。

さて、道標に従い黒岩ルートに入ると、50mほど前方に小さな建屋が見えた。140号登山道は建屋のほうに向かって延びており、どうやら建屋内を通り抜けるようだ。その建屋とは、もしや・・・。近づくにつれて漂ってくるあの臭い・・・そう、便所である!。登山道・・・しかもこともあろうに天下の国道140号が何と便所の中を通り抜けているのである!正に前代未聞の「便所国道」!!

建屋内は図7のようになっていて、国道140号が「便所内通路」と化していることが良く分かる。一般の登山道でもこのような例は見たことがないし、たとえ便所があったにせよ、その脇を通るのが普通であろう。恐らく、平地が限られていたことと、便所建設当時、黒岩ルートが廃道(もしくは行き止まり)になっていて、登山道を便所内に組み入れても問題がなかったのであろう。

この「便所国道」は、今まで出会った様々な「とんでもない国道」を色あせさせてしまうほどインパクトの強いものだった。来年春の雁坂トンネルの開通で、ただの便所になってしまうとすれば、それはあまりにも惜しいことである。
 

前代未聞の「便所国道」 「便所国道」平面図
6 前代未聞の「便所国道」    7 「便所国道」平面図

◆付記


便所国道のその後
 
ここで紹介した区間(山梨県側登山口・広瀬〜雁坂小屋間)を、2001年7月に歩かれた方から写真と情報を頂きました。「便所国道のその後」として掲載させて頂きましたので、どうぞご覧下さい。
 


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