国道289号 八十里越(1)
ホーム登山道国道踏破記
◆概要
田代平湿原から残雪の黒姫山を望む
  

 
国道289号は新潟県新潟市と福島県いわき市を結ぶ国道である。途中、新潟・福島県境の八十里越と福島県内の甲子峠の2箇所で車両通行が不能となっているが、そのいずれにおいても、峠を越える登山道が国道として指定されている。

ここで紹介する八十里越は、登山道区間が15km以上あり、数ある登山道国道の中でも屈指の難所である。登山道は、新潟県三条市大江の車道末端から始まり、三条・魚沼市界の鞍掛峠、魚沼市田代平、新潟・福島県境の八十里峠(木ノ根峠)を経て、福島県只見町叶津の車道末端に達している。ただし、現在、八十里越の新道工事が進んでおり、新潟県側・福島県側とも車道末端部分へは一般車通行止の措置がとられていて、登山道へのアプローチがさらに難しくなっている。

そんな中、道路地図を見ていて気付いたのが、麓にあたる魚沼市(旧・入広瀬村)大白川と289号登山道の田代平をダイレクトに結ぶ五味沢林道の存在である。事前の調査ではこの林道も一般車通行止であることが分かったが、たとえ徒歩であっても車道経由で田代平にアプローチできるという点でかなり有用性が高そうである。

当初は、この五味沢林道を往復して、田代平付近の289号登山道を少し歩くつもりだったのだが、そのうち欲が出てきて、田代平から叶津・只見方面へ289号登山道を下ってしまうことにした。ただし、この計画変更が少々無謀であったことが、後々明らかとなる。
 

◆踏破記

林道歩きで田代平へ

 
1 五味沢林道  
2 叶津・只見方面への登山道入口に立つ道標
  (写真拡大
3 車道の国道289号
  もちろんダートである。
4 車道の終点
5 雪渓の残る沢
 

2002年6月2日 、朝5:10に小出町のホテルを出発し、只見方面に向かう国道252号に入る。昨夜降っていた雨は上がったものの、まだどんよりとした雲が空を覆っており、気分は冴えない。

入広瀬村大白川で国道252号から県道に入り、6:20、五味沢林道入口に到着。林道入口にはゲートがあり、残念ながら一般車の通行はできない。周囲には5〜6台の車が停めてあるが、恐らくこの林道に徒歩で入っている人たちのものであろう。

おにぎり2個の朝食をとり、6:45、八十里越に向けて登山開始。林道はダートながらよく整備されており、至って歩きやすい。勾配も緩やかなので、日頃の運動不足にもかかわらず息があがることもない。さらに、ありがたいことに、雲間から日差しが漏れるようになり、心配していた天気も快方に向かっているようだ。

7:15頃、1台の軽トラが峠方面から下りてきた。どうやら、この林道の「通行許可車」のようだ。ついつい、「下から上ってくる車があれば・・・」などと良からぬことを考えてしまう。

次第に周囲の展望も開けてきて、少し休憩をとっていたとき、1人のおっちゃんが後からやってきた。「どちらまで」と声をかけると、「田代平付近を散策してまたこの林道を戻る」とのこと。実はこの林道は田代平へのアプローチ路として、結構メジャーなのかもしれない。

そして、8:35、林道入口から歩くこと1時間50分で、遂に目的の289号登山道が出現した。「八十里越(木の根)より叶津へ至ル」という道標が立っており、叶津・只見方面へ下る登山道である(写真2)。

一方、鞍掛峠方面へは今登ってきた車道がそのまま延びており、1本の車道ながら林道から一気に国道289号に大出世するということになる(写真3)。といっても、道幅、路面状況は、これまでと何ら変化はないが・・・。

叶津・只見方面への下山開始は11:00頃の予定なので、まずは車道の国道289号を鞍掛峠方面へと向かう。2時間近い登山の後、こんな山深いところで車道の国道を歩くというのは、何か変な気分である。しかし、車道区間は長くは続かず、歩くことものの5分で終わった(写真4)。この先、鞍掛峠方面へは再び登山道区間である。すなわち、289号のルートで考えれば、登山道区間の中に車道区間が挟まるという珍しい状態になっている。

車道終点では五味沢林道で会ったおっちゃんと再会した。すでに、この近くにある田代平湿原でミズバショウを見てきたとのこと。おっちゃんの歩くペースには驚かされる。

車道終点からは、さらに登山道となった289号を進む。登山道と言ってもほとんど平坦路で、路面状態も良く、歩きやすい。約5分で田代平湿原入口を通過し、「この調子だと鞍掛峠まで往復できるかも」とも思ったが、そう甘くはなかった。車道終点から20分くらい歩いたところで、いきなり雪渓が残る沢に遭遇したのである(写真5)。ルートに当たる部分がちょうど雪庇状になっていて、雪を踏み抜いてしまいそうでタチが悪い。下流側から回れなくもないが、ここを往復しなければいけないと思うと気が重くなり、この場はすんなりと引き返すことにした。このときは、「たまたま雪が残っていた」くらいにしか思っておらず、後半の田代平〜叶津間の登山道で雪に苦しめられることなど想像すらしなかった。

時間的に余裕ができたということで、289号登山道を一旦離脱して田代平湿原へ寄ってみることにした。湿原入口から湿原までは徒歩1〜2分の距離である。

田代平湿原には9:35到着。湿原には木道が整備され、散策ができるようになっている。ミズバショウはまだ花も残っていたが、花期は終わりに近いようで、どちらかというと葉の方が目立つ。

木道上で休憩するついでに、持参の弁当を食べてしまうことにした。まだあまり腹は減っていなかったものの、残雪の山々を眺めながら食べる弁当はやはり格別である。食後は、カッコウやウグイスの鳴き声を聞きながら、しばし木道上にゴロッと横になった。
 



雪渓に大きな落とし穴

 
6 第1の分岐点 (写真拡大 
7 第2の分岐点 (写真拡大
8 国道289号 八十里峠 (写真拡大) 
9 八十里峠の石碑 (写真拡大
 

田代平湿原から289号に復帰し、10:35、叶津・只見方面に向かう登山道入口まで戻った。これからが、今回の289号登山道踏破の本番である。

登山道に入って約5分で第1の分岐点が現れるが、ここは左が正解(写真6)。実は朽ち果てた標柱が立っていて、何とか「木ノ根峠」と読めるのだが、左右どちらなのかが分からない。

さらに約5分後、第2の分岐点が現れるが、ここも左(直進に近い)である(写真7)。ここの標柱は「右へ木ノ根峠」とはっきり読めるのだが、この案内は右側から合流する道に対して向けられたものである。田代平方面から来た登山者に対しては案内がないため、まぎらわしいと言えばまぎらわしい。

これら2つの分岐点を無事クリアーした後、現れたのは斜面上に残る雪渓であった。先ほどのように沢ではないので、一歩一歩滑らないように慎重に歩けば問題はない。しかし、ここに大きな落とし穴が待っていた。

ある雪渓をやり過ごした後、ちょうど木々が途切れた湿地帯のようなところに入り込み、次第に道筋がはっきりしなくなったのである。すぐに戻れば何ということはなかったのだが、思い込みとは恐ろしいもので、そこに道が通じているはずだと思うと、何もないところが不思議と道に見えてしまうのである。そのうち、遂には藪こぎ状態となり、ようやく「登山道を見失った」という重大な事実に気付いたのである。

ちょうど沢が流れていたので、沢に沿って下るか、それとも来たルートを戻るか・・・。思い悩むうちに、ふと林の中に1本の踏み跡らしきものを見つけた。藁にもすがる思いでその踏み跡をたどっていくと、何と1分も歩かないうちにダートの車道に出た。朝登ってきた五味沢林道である。

地形図を見ると、なるほど、289号登山道と寄り添うように五味沢林道が通っている。これは正に不幸中の幸いだったと言えるだろう。逆に、もし林道がなかったらと思うと、ゾッとする。

その後、林道から289号登山道への短絡ルートを発見し、先ほど登場した「第2の分岐点」で、無事登山道に復帰することができた。時間は11:25で、約35分のロスで済んだ。

第2の分岐点から再び289号登山道を進むうち、先ほど登山道を離脱してしまった地点がすぐに分かった。やはり雪渓を横切る箇所で、雪渓の「対岸」にしっかりと登山道が続いているのに、どうやらそれを見落としてあらぬ方向に行ったようである。全くの初歩的ミスとしか言いようがなく、登山に際してはもっと気を引き締めなければならない。

その後は順調に進み、11:35、新潟・福島県境の八十里峠(木ノ根峠)に到着(写真8)。もし、道に迷っていなかったら、車道から約25分で着いた計算となる。

峠には、登山道を挟むようにして2つの石碑が並んでおり、1つには「八十里峠 標高八四五.四米」(写真9)、もう1つには「木ノ根茶屋跡」と刻まれている。木ノ根茶屋は八十里越がまだ交通路として現役だった頃に建っていたのであろう。

峠で休んでいるうちに、田代平方面から3人組の登山者がやってきたほか、只見方面からは何と五味沢林道のおっちゃんが現れた。今日3度目の遭遇である。

おっちゃんは、「ずいぶんゆっくりだね」と声をかけてきた。「ゆっくり」というよりも、「遅くなってしまった」が正解なのだが・・・。おっちゃんはと言うと、山菜採りのため峠の少し先まで行ってきたそうだ。また、おっちゃんによると、少し前にマウンテンバイクを押して歩く登山者が只見方面に下って行ったとのこと。確かに、地形図を見る限り、登山道の勾配は緩やかそうではあるが・・・。
 



289号登山道は雪渓、ぬかるみ、沢渡りの連続

 
10 湿地帯のような登山道とミズバショウ (写真拡大  
11 落差3m以上の沢
   写真中央にロープが見える。 (写真拡大
12 車道を間近にした登山道
13 ダートの国道289号

11:50、八十里峠を出発。ここからはほぼ下る一方だが、まだまだ先は長い。

峠からは登山道が北側斜面に移ったせいか、雪渓とぬかるみが目に見えて多くなってきた。ぬかるみと言っても単なる水たまりではなく、湿地帯のように足を踏み入れると、じわじわ水が浮き出てきて、足首くらいまでめり込むからタチが悪い。写真10のように登山道全体が湿地帯のようになり、ミズバショウまで咲いているところもある。

しかし、雪渓とぬかるみだけならまだ良かった。そのうち、沢渡りが登場し始めたのである。しかも1m以上の段差があるものが多く、そこでの時間ロスと体力消耗は、雪渓やぬかるみ以上のものがある。

そして12:20頃、落差3m以上はあろうかという大物の沢が出現した(写真11)。よく見ると、沢の側壁にはロープが垂らしてある。備え付けのロープや鎖を伝って斜面を登るという場面は、本格的な登山では決して珍しいことではないが、まさか登山道国道で遭遇するとは・・・。

沢の側壁を登りながら、ふと、先ほどおっちゃんが言っていたマウンテンバイクの登山者のことを思い出した。自分の身ひとつだけでも結構大変なのに、一体ここをどうやって越えたのだろうか。

その後も、雪渓、ぬかるみ、沢渡りが容赦なく繰り返される。中には、鞍掛峠への登山道上にあったような雪庇状の雪に覆われた沢もあり、雪が自分の体重を支えてくれるよう祈りながら渡る場面もあった。

12:35、松ヶ崎に到着。ここは289号登山道の中では珍しく展望が開ける場所で、休憩には絶好の場所である。先行していた3人組登山者もちょうどここで休憩中であった。

松ヶ崎出発後も30分くらいは悪路との格闘が続いたが、その後は雪渓と沢渡りが少なくなり、幾分楽になった。やれやれである。

14:00、只見方面から登ってきたおっちゃん3人組と出会う。車道まではあと30分くらいとのこと。それはいいとして、問題はその先。一般車通行止のゲートまでさらに約1時間30分、ゲートから只見駅まで約2時間というから気が遠くなる。ゲートから先はヒッチハイクという手も考えられるが・・・。

車道が近づくにつれて登山道の状態は一層良くなった(写真12)。幅員がしっかり確保されており、登山道国道としては十分のレベルである。ずっと、こんな道だったら良かったのだが・・・。

そして14:45、遂に車道に到達し、長かった登山道区間は終わった。八十里峠からの所要時間は2時間55分、すでに足は棒状態である。

登山道の入口には「史跡 八十里越入口」と彫られた石碑が立ち、道標の役割を果たしている。一方の車道は、すでに2車線幅で峠方面に向かって延びており、100mくらい先には完成済みのトンネルがぽっかり口を開けている。恐らく、この先で八十里越の新道工事が進められているのだろうが、今日は工事が休みなのか工事車両の通行はない。

さて、今回歩いた田代平〜叶津間の289号登山道を振り返ると、思っていたよりもずっと厳しい道のりだった。通行可能な登山道国道の中では悪路の部類に属すると言ってもいいかもしれない。その理由の1つには、やはり登山道の利用者数が限られているということが挙げられるであろう。すなわち、この登山道は、付近の主要な山への登山ルートにはなっておらず、「八十里越」そのものを目的にしない限り通しで歩くルートではないのである。また、単に田代平に行くだけであれば、今日3回会ったおっちゃんのように、五味沢林道を往復したほうが良い。

しばしの休憩の後、15:00に只見方面に向けて歩き始める。車道は工事用に一部が舗装されているのみで、大部分がダートのままである(写真13)。

歩き始めて10分くらいのところに2台の車が停まっていた。はて、この先にはゲートがあるはずでは、と思って近くの人に聞いたところ、地元の人のみゲート内へ車両の立ち入りが許可されているとのこと。工事を理由に地元民がもともと持っていた権利まで奪うことはできなかったのであろう。

そしてさらに1時間近く歩いたとき、峠方向からやってきた1台のバンが不意に自分の横に停まった。「乗っていくかい?」とのお言葉に、迷わず「お願いします」と答え、乗せてもらうことに。ここはまだ一般車の走っていないゲートの内側である。何という幸運であろうか。

バンの後部座席に乗っていたのは、何と登山道で会った3人組の登山者であった。どうやら地元の人に送迎を頼んだようである。3人組は1泊2日の行程ではるばる下田村吉ヶ平から昔の八十里越ルート(現在の289号ルートとは下田村内で異なっている)を歩いてきたとのこと。逆に自分のことについて聞かれ、「今日の朝、大白川から登りました」と言うと、「やっぱりそうだと思った」と言われてしまった。どうやら、服装や装備でお手軽登山というのがばれてしまっていたようだ。

そのうち、車はゲートにさしかかったが、助手席にいた地元のおっちゃんがゲートを開けて、すんなりゲートを通過した。

只見駅には16:15に到着。何と絶対に無理だと思っていた16:20発の小出行に間に合ってしまった。もし、バンに拾ってもらってなかったら、今頃はまだゲートの内側をとぼとぼ歩いていただろう。
 

◆注意

今回たどった区間のうち、289号車道の登山道入口〜ゲート間は工事のため通行止扱いになっています。もしこの区間を通行される場合には、くれぐれもご自分の責任において安全を確保してください。
 

ホーム登山道国道踏破記