滋賀県道319号
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◆概要
●路線名:竹生島線
●島名:竹生島(ちくぶしま)
●所在地:滋賀県びわ町(現・長浜市)
●撮影日:2004年11月20日
◆写真紹介
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竹生島は日本最大の湖、琵琶湖の北部に浮かぶ周囲僅か2kmの小島である。島には遥か奈良時代からの歴史を持つ宝厳寺と明治初期に分離した竹生島神社があり、今なお多くの参拝客や観光客を迎え入れている。
竹生島へは長浜港や今津港から高速船が出ており、今回は長浜港11:30発の高速船「リオグランデ」に乗船した。
 
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長浜港から波しぶきを上げて湖上を進むこと約25分、竹生島が目前に迫ってきた。こんもりとした山からなる島は、島全体が樹木に覆われ、建物は僅かに確認できるのみである。
 
[3]
さらに島に接近すると、先ほど見えた建物のほとんどが宝厳寺と竹生島神社関連のものであることが分かる。しかも、それらは高速船が着岸する島の玄関口に集中しており、島の他の場所に通じる道路があるようにはとても思えない。一体、県道319号竹生島線はどのような姿で存在しているのだろうか。
 
[4]
高速船「リオグランデ」は12:00に竹生島に到着。下船客と入れ替わりに既に参拝を終えた多くの人々が乗船した。
 
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乗船場から見た島の風景。山の斜面に宝厳寺と竹生島神社の建物が点在しており、そこに至る僅かな平地に屋根に覆われた参道らしきものがあるようだ。周囲を見渡しても、「道路」と呼べるものはその参道くらいしかない。
 
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これがその参道。道の左側には土産物屋が建ち並び、いかにも観光地らしい光景である。果たして、この参道が県道319号なのだろうか。
 
[7]
何か県道の手掛かりになるような物がないかと周囲に気をつけながら参道をゆっくり進む。先ほど高速船から降り立った人々は既に宝厳寺と竹生島神社の参拝に行ってしまい、参道に人の姿はない。
 
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参道左側の店が途切れると、前方にゲートらしきものが見えてきた。
 
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そこは、やはり寺と神社の拝観券発売所だった。この先は400円の拝観料を払わないと立ち入ることはできず、しかもすぐに石段が始まっており、「道路」はどうやらここで終わりのようだ。ちなみに、参道入口からここまでの距離は100mにも満たない。ここでも県道の物証を探してみるがやはり見当たらなかった。
 
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寺と神社の拝観は後回しにして、来た道をもう一度ゆっくり戻ってみる。
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そして再び参道の入口に戻ってきたが、結局、県道の物証は見つからず仕舞い。しかし、何気なく写したこの写真には、実はその物証が堂々と写っていたのである。その物証を発見したのは、寺と神社の拝観を済ませた後。よって、詳細な説明は後ほどということにする。
 
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[11]と同じ場所で土産物屋を正面から撮影。参拝客が途切れ、店員も手持ちぶさたの様子である。
 
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県道「候補」の写真撮影も一通り終えたということで、土産物屋の一軒で月見そばを食べた後、ようやく寺と神社の参拝に移る。400円を払ってゲートを通過すると、まずは石段越しに竹生島神社の鳥居を見上げる。
 
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拝観順路に従い、[13]の鳥居の手前を右に折れると、乗船場を見渡す橋に差し掛かる。ちょうど長浜港を12:45に出港した高速船が着岸するところであった。建物の手前に張り出した屋根の下が、先ほど歩いた県道「候補」。
 
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さらに湖岸に沿って東向きに歩道を進むと、「竜神拝所」が現れる。この建物は、さながら屋根付き展望台のようで、眼下に琵琶湖を一望することができる。
 
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「竜神拝所」から眺めた琵琶湖。湖面に反射する陽光がまぶしい。
 
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「竜神拝所」の脇から見た東方向の湖面。こちらは順光なので湖面が青々としている。
 
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「竜神拝所」の山側には竹生島神社の本殿が建つ。この建物は、豊臣秀吉により京都の伏見桃山城から移築された由緒ある建物で、国宝に指定されている。
 
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竹生島神社本殿から西側に続く宝厳寺の「舟廊下」。こちらは重要文化財だが、格子窓からのぞく風景を見ながらゆっくり歩くと、落ち着いた気分に浸れる。
 
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「舟廊下」の西側には、観音堂を挟んで宝厳寺「唐門」がある。この建物も竹生島神社本殿と同様、京都の豊国廟より移築されたもので、やはり国宝である。
 
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「唐門」のそばから再び下方を眺める。ここからは、県道「候補」のほぼ全景を写真に収めることができた。
 
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さて、一通り拝観を終え、三たび参道入口に戻ってきた。乗船予定の高速船出港まではあと15分、念のためもう一度参道の周辺をよく見ておこうと思って、ふと目に付いたものがある。この写真の中央に写っている小さな石標である。
 
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遠目では分からなかったが、その石標には何か文字らしきものが刻まれている。近づいてそのぼんやりと浮かび上がった文字を読むと、何と、「県道竹生島線起点」と刻まれているではないか!まさかこんな決定的な物証を見逃していたとは。ここにはもう既に二度も立っていたのだが、やはりすぐ横にある「竹生島」と書かれた大きな石標や赤いポストに気を取られていたのだろうか。
まあ、いずれにせよ、これで屋根に覆われた参道が県道であることがはっきりした。もし、終点が拝観券販売所のゲート付近であるとしたら、全線が屋根に覆われているという前代未聞の全天候型県道ということになるが、果たして真相やいかに。
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石標の側面には「びわ村大字早崎一六六六番地」という地名も入っていた。「びわ村」が町制施行により現在の「びわ町」になったのは1971年(昭和46年)であるから、この石標はそれ以前に設置されたわけで、随分と年季が入っていることが分かる。
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赤いポスト越しにあらためて県道319号を見る。高速船の出港時間が迫り、いつの間にか土産物屋は多くの参拝客で賑わいを取り戻していた。
 
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14:35の便で竹生島を後にする。県道319号竹生島線の姿は、信仰と観光に特化した島ならではの姿であった。

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